絶対絶命のたこやきマンがセネガルのストリートチルドレン【タリべ】に遭遇し待ち受けていたとんでもない結末とは?

~これがセネガルだ、これがイスラムだ~

こんにちは。

おととしの11月から月1か月2で扁桃炎になり、毎回40度出している森林です。

 

更に恒例のブログ運営者には、ブログ記事の事で連絡したら…

『いやいやあんたが、この前ちゃんと送れ言うから送ったのにw』

 

と思いつつ、心配して頂いてるんでしょうか(笑)

 

と思いきや、翌日。

いや、なんなんこの人(笑)

 

早く寝ろとか、何寝てるんですかとか(笑)

まぁそれはおいといて。

 

こんな僕ですが、
実は初めてセネガルに行ったときに
40度の高熱を出してしまったんです。

 

ちなみにこれは扁桃炎ではありませんでした。

 

マラリアかも!?ということで病院に行き、
マラリアの検査をした結果、マラリアでもありませんでした。

 

マラリアの検査方法は
指先に注射をしたのですが、
もちろん消毒はなし、針ちゃんと大丈夫かな?

 

まさか使いまわし?と思いながら。

血出てるのに
こんなのつけたらどうなるか分かるよな?と
もう体調悪いのに、思わず笑ってしまいました(笑)

 

看護師さん机の上に座りながら打ってくるという超絶ラフなスタイルだし(笑)

 

なんか余計、悪化しそう…(笑)

 

そんな風に体調を崩していた為、
しばらく当時宿泊していたゲストハウスで
休んでいたときのこと。

 

だるいし食欲もなかったけど、
とりあえず薬を飲まないといけないので、
フルーツでも買いに行こうと、近くのお店に行くことに。

 

セネガルでは知らない人同士でも挨拶を自然としたり、
ストリートチルドレンがいると絡まれるので、
体調悪い僕はそれすらだるくて誰とも関わりたくなくて、
行くのをためらっていましたが、
もうどう思われてもいいから無視しようと心に決め、
近くのお店に向かいました。

 

今回は、その道中、
遭遇した1人のストリートチルドレンとの物語を
たこやきマンの4コマにしてみたので、どうぞご覧ください(笑)

 

これがセネガルのストリートチルドレン?【テランガボーイ】

ここはフランス語圏、アフリカの最西端、セネガル共和国。

国民の9割以上がイスラム教徒を占める。

テランガとは簡単に言うと、セネガルのおもてなし文化のこと。

 

40度の熱を出しながら近所のお店に出かけた、たこやきマン。

通り過ぎかなり歩いたあとふと振り返ってみると…

思わず手を振ると少年も手を振ったあと、

お金をくれた【テランガボーイ】

ちゃんちゃん。

 

という感じで絵と字が下手過ぎますけど、伝わりました?(笑)

 

この一件で僕はなんて心が汚れているんだと反省しました。

 

それと同時に固定概念ってこわいな、自分の視野を狭めるなとも思いました。

 

【ストリートチルドレンはお金やモノをねだってくるもの】

 

そんな風に決めつけていました。

 

これは実際にこれまで自分がたくさん経験してきたからです。

 

しかしどれだけ経験しても、それを覆すことは起こり得るのだと実感しました。

 

言葉はお互いに通じなかったけど、僕が体調悪いのを察してくれたのかな?

 

そう都合よく解釈しています。

 

真相はわかりません(笑)

実際の少年です。

 

この寂し気な表情。

 

そんな目で見るなよ…

 

僕に何かを訴えたかったんだろうか?

 

僕は基本何もあげないスタンスですが
写真を撮ったお礼に少しばかりのお金をあげました。

 

僕には何が出来るのだろうか。

 

思いやりとはなんなのか。

 

相手を気遣うとはなんなのか。

 

豊かさとはなんだろう。

 

幸せってなんだろう。

 

また子どもに一つ教えてもらい、気付かせてくれたような気がします。

 

蘇った記憶。僕がセネガルにいるということ

僕はこれまで東南アジアの孤児院や
小学校でボランティアしてきましたが、
セネガルに来ると少しばかり気が引き締まります。

 

↑いやもっと引き締めろ!というツッコミが聞こえてきそうですが(笑)

 

それはこれまでとは違う、
自分が主体となって学校を建設しているから。

最初にセネガルに行った時も、そして今でも

 

『あ~すごい遠いところに来ちゃったな』

『絶対に自分を信じて頑張る』

『こんなところで何してるんだろう』

『あー日本帰りたい』

 

など、様々な感情を抱きます。

 

それは村で一人寝るとき。

大自然の中で、バオバブ見ているとき。

首都ダカールで夜景を眺めている時。

海でたそがれている時。

様々なシーンでいろいろな事を考えていました。

 

セネガルで活動しているということは、
小中学生から抱いていた夢へと
一歩ずつ近づいているということ。

 

振り返るとこれまでいろんなことがありましたが、ふと、こんな事を思い出しました。

 

これは、20歳くらいの時のことです。

 

高校の修学旅行の
オーストラリアが初海外でしたが、
それ以降個人的に初めて行ったのがタイ。

 

この時、僕は大きな期待とワクワク、
そして少しの不安を抱えながらタイに向かったような気がします。

そんな時、たまたま機内で聴けたグリーンの曲【遥か】

~~~~~~~~~~~以下歌詞。~~~~~~~~

窓から流れる景色 変わらないこの街旅立つ
春風舞い散る桜 憧ればかり強くなっていく

「どれだけ寂しくても自分で決めた道信じて」
手紙の最後の行が あいつらしくて笑える

「誰かに嘘をつくような人になってくれるな」

父の願いと

「傷ついたって笑い飛ばして 傷つけるより全然いいね」

母の愛

さようなら
また会える日まで 不安と期待を背負って
必ず夢を叶えて 笑顔で帰るために

あの空 流れる雲 思い出す あの頃の僕は
人の痛みに気付かず 情けない弱さを隠していた

気付けばいつも誰かに支えられ ここまで歩いた
だから今度は自分が誰かを支えられるように

「まっすぐにやれ よそ見はするな へたくそでいい」

父の笑顔と

「信じることは簡単なこと 疑うよりも気持ちがいいね」

母の涙

本当の強さ 

本当の自由

本当の愛と

本当の優しさ

わからないまま進めないから「自分探す」と心に決めた

どれだけ寂しくても 僕らは歩き続ける

必ず帰るから 想いが風に舞う あなたの誇りになる

この時も自分を信じてタイに向かったはず。

 

そして家族や周囲の支えにあたたかさを感じ、
人として絶対に成長する、恩返しすると誓っていたはず。

 

セネガルに来ると、そんないろんなことを思い出します。

 

どんな自分でも受け入れてくれる家族と、
セネガルで出会った、たった一人の
テランガボーイに感謝の気持ちと、気付きを頂きました。

 

最大級の感謝を込めて。

チョルカ。

 

↑あっ、セネガルの活動してる村で話されているセレ語で『ありがとう』です(笑)

 

それでは最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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