虐待は誰が悪いの?映画【子宮に沈める】を観て僕なりに感じたこと

~虐待は家庭の問題じゃない、社会の問題だ~

こんにちは。

先日、虐待関係のイベントに参加してきました。

 

参加者が10人くらいいて、4、5人?に

 

『あれ?どこかでお会いしてないですよね?』と言われた森林です(笑)

全員初対面です、たぶん(笑)

 

ただ人の名前を覚えるのが圧倒的に苦手なので、
どこかでお会いしていたらごめんなさい(笑)

 

お馴染みのブログ運営者にはこんなことを言われました。

島根にもたくさん僕がいるみたいです(笑)

 

どこにでもいる顔ということですかね(笑)

 

僕はこのブログでも書いているように
一番関心があるのが虐待問題だったりします。

 

小学生から虐待に関心があり、
中学生の総合学習では、
虐待と国際協力について調べていました。

 

途上国で学校や孤児院を作りたいと思ったり、
今セネガルで学校を建てているのも、教育というよりは
【子どもたちの居場所をつくりたい】という気持ちが強いです。

もちろん教育の重要性も感じていますけど。

 

今回参加したのは株式会社RASHISAのイベント。

 

株式会社RASHISAは、
虐待を受けたことのある方向けに
就労支援やサポートをしています。

 

代表の方も虐待を受けていた方です。
その代表の方にお誘い頂き今回参加してきました。

映画【子宮に沈める】から感じた社会の闇

イベント内容はざっくり、
虐待の映画【子宮に沈める】を観てカレーを食べてディスカッション、
というか自由にトークのような感じでした。

 

まずこのインパクトのあるタイトルの映画。

実はこれは実話です。

 

※以下、ネタバレになりますのでご注意下さい。

夫に女性として愛情を求める、由希子。
しかし夫の愛は冷めきっていき、次第と家にも帰らなくなり離婚。

 

由希子は幼い子ども2人を抱え、苦労しながらも愛情を持って育てていきます。

 

しかし生活は荒れていき、女友達に水商売を勧められ生活の為に始めることに。

 

仕事をしながら、資格取得の為に奮闘していましたが
子育てと仕事との両立がうまくいかず、由希子はイライラしてしまいます。

 

託児所に連れていこうとすると
子どもに熱があることが分かり、
託児所は預かってくれず、由希子は仕事を休んで看病しました。

 

そして、由希子に恋人が出来ました。

 

恋人は子どもたちがいるにも関わらず、由希子に性行為を要求してきます。

 

由希子の恋人は変わっていき、
次第に部屋は荒れ由希子の化粧も濃くなり、
タバコを吸い始め、家事育児を放棄するようになりました。

 

男性にすがるようになった由希子は、子どもたちの存在が邪魔になります。

 

子どもたちが出れないように、
声ももれないように、窓や扉にガムテープをして由希子は家を出ました。

 

幼い子どもたちだけが残され、どうなるか想像がつきますよね。

 

下の子どもは衰弱死してしまいました。

 

上の子どもはなんとか生き延びていた中、由希子がようやく帰宅。

 

由希子は淡々と、浴槽に水を張ります。

 

そのあいだに、洗濯機の中に下の子どもの遺体を入れて洗いました。

 

浴槽から水が溢れると、由希子は
上の子どもの服を脱がせて浴槽に沈めて溺死させます。

 

イスに座った由希子は、
かぎ針を陰部に突っ込むと子宮へ差し込み、堕胎を試みます。

※ここがタイトルの『子宮に沈める』

 

その後シャワーを浴びた由希子は、堕胎に成功したようです。

 

浴室から出た由希子は、
裸のまま子どもたち二人の遺体を並べレジャーシートでくるみます。

 

その後、由希子はベランダの外の空を見上げていました…。

※これは2010年に母親の育児放棄により餓死した。
実際にあった大阪2児餓死事件です。

最初から最後まで気分が重くなるような、そんな映画でした。

映画上映前、過激なシーンなどによりフ
ラッシュバックなどする場合は、
遠慮なく退出してくださいと司会の方が言っていたのが印象的で、
僕は大丈夫でしたが、退出されてる方もいました。

 

虐待を受けたことのある当事者と初めての出会い

僕は、虐待で苦しんでいる子どもたちを助けたいと
思っていましたが、これまで直接お会いできた機会がありませんでした、日本では。

 

以前、児童養護施設に何件か問い合わせさせて頂いたときも
やはりプライベートな問題から子どもたちを守るという意味でも断られてしまいました。

 

まぁ当然ですよね。

 

なので今回のイベントでは、
虐待を過去に受けていた方々と交流することが出来て、
貴重な経験となりました。

自己紹介では、当たり前のように

 

『乳児院、児童養護施設、里親を経験してます』

 

という方がいたり、

 

『家庭では虐待を受けて、学校ではいじめられてました』

『血の繋がった家族でも関係を築けないのに、
赤の他人と築けるはずないですよね(笑)
あはははーーーー』

 

という方がいたり。

みんな非常に明るい(笑)

 

こちらから過去のことを
根掘り葉掘り聞くことはなかったですが、
何気なく話してた方が、『学生時代いじめられてて』と言ってきたり。

 

あっ虐待とかいじめとかって、
表面に見えないから分かりにくいけど
意外とこんな身近に経験してる人がいるんだなと思いました。

 

でも、みんな本当に明るい。(二回目)

 

こんな事を言ってる方もいました。

 

『虐待受けていた人って、みんな悲劇のヒロイン、
悲劇のヒーローみたいな人が多いんですよ。
でも関係ないからって、環境なんてって言いたい』

 

↑これ当事者の方が言ってるんですよ。

 

すっごく明るい方でしたが、こうも言ってました。

 

『今だけ見られるとすごいポジティブにみられるけど、
元々すごいネガティブだったんです。
でもこんな私でも変われたんだからって伝えたい』

 

この方は正社員をやめてまで、
児童養護施設での活動を続け、虐待防止活動に着手されています。

 

『バイトしながら、不安定だし、
周りから見たら、いろいろ思うかもしれない。
でもあなたに評価される為に生きてるわけじゃないから(笑)』

 

『自分が虐待を受けたという経験は、武器になる』

 

そう言う彼女は、過去の経験を力に変え、
同じように苦しむ人を救いたいと
パワーに満ち溢れていて、
想いだけでとりあえず動いちゃう感じが、
僕と感覚が似ているなと勝手に思いました(笑)

 

他にも児童養護施設の子ども達向けにキャリア教育支援をしていたり、
以前、児童養護施設で働いていて、今は内情を知る為に児童相談所で
働きながら、児童養護施設を出た後の子どもたちのサポートの為、
シェアハウスを運営されている方など、多くの素敵な方々に出会いました。

 

僕の過去や、なぜブログをしているのかということを話すと、
キャリア支援をされている方に
『そういう人は本当に大事、子どもたちは
そもそもどんな生き方があるのかも知らないし、
将来に希望も描けていない』そう言われました。

 

でも、児童相談所で働いてる方はこう言っていました。

 

『児童相談所っていろいろ叩かれるけど、
1人で100件近いかなり深い案件を持っている中で
本当に頑張ってるんです。でもやっぱ1つ1つの案件が重くて大事で、
なかなか全て見切れないこともある』

 

この方はシェアハウスを自身でも経営されてるので、

 

『キャリア支援とか就職支援とか結構されてる方もいるけど、
正直それ以前の問題。生きるのにいっぱいいっぱいで、
まずは衣食住の環境を整えなければいけない、
児童養護施設で住み込みで働いた後に、
児童相談所で働いてそう思ってシェアハウスを始めました』

 

なんか正直嬉しかったです。

 

僕も詳しく内情を知りませんが、
現場でこんなに想いを持って奮闘している方がいるんだと。

 

泣きそうになりました。

 

他の方は、こうも言ってました。

 

『自己肯定感がめちゃめちゃ低かった』と。

 

これは僕もそうでした。

 

この前のブログには
自己肯定感低くないと書きましたが、
それは途上国に行って活動を始めてから。

自分がやりたいことをやり始めてからです。

 

それまでは、『どうせ自分なんて』常にそう思っていましたし、
自信なんてなければ、どこかいつも不安を感じていたように思います。

 

そりゃあそうですよね。

『お前なんて産まなきゃよかった』とか言われたり、
家族の愛情を感じなければ自己肯定感が下がるのも自然なことだと思います。

↑僕は言われてないですけど。

 

子どもにとって、親や家族は本来絶対的な居場所だと思うんです。

 

自分は無条件に愛されている。

 

そんな安心感の元、
『こういうことがやりたい』、『勉強頑張ろう』、『スポーツ頑張ろう』
など、次のステップに思考がいくんじゃないかなと思います。

 

発達障がいの子どもたちの指導をしていた時に感じた親の孤独

僕は以前、発達障がいの子どもたちの指導をする仕事をしていました。

 

僕が担当していたのは未就学だったので、
特に発達の遅れなど線引きは難しいと思います。

 

僕は医者ではないので、何も言えないですけど。

 

でも僕がすごく感じたのは、子ども云々よりも親の孤独。

 

『うつ病になるくらい悩んでる方がいたり、
旦那の家族には子どものことを話してない、
私が悪いと言われるから』

 

と仰る親御様がいました。
 

なんでよ、なんで母親が悪いの?

 

僕はそんな社会はおかしいと思います。

 

そしてそれは同時に、その子の存在を否定することに繋がると思います。

 

指導のあとに必ず親御様に、
今回の指導内容と、どのような目的で行ったのか、

 

お子様の様子などフィードバックしていたのですが、
僕は毎回『子どもたちが出来たこと、よかったところ』
を一番に、そして最大限に伝えていました。

 

それは、親御様が第一声に『よくなかったところ』を言ってくるからです。

 

個人的には、そんなに出来ないところばかり見ないで。と思います(笑)

 

だって出来ることだってたくさんあるんですよ。

 

もちろん子どもを愛してるからこそ、
心配になる、守りたい、ちゃんと育てたい気持ちは分かります。

 

でも絶対的な存在である親が、
『ここが出来ない』、『ここがダメ』って
ダメなところばかり見ていたら、
子どもの自己肯定感はどんどん下がりますよ。

だから僕は、
意識して子どもたちの素晴らしいところを必ず見つけて
親御様に伝えるようにしていました。

 

そうすると親御様の笑顔も少しづつ増えて、
相談されることも増えて、
徐々に親御様とも信頼関係を築けるようになっていきました。

 

この僕のやり方がイイか悪いかは分かりません。

 

教育って正解がないと思うんです。

 

だからおもしろい。

 

何が正しいかは分からないけど、
僕みたいな人間がいてもいいんじゃないかなと思ってます(笑)

 

虐待も社会の闇、親の孤独

僕はずっと虐待を受けている子どもたちを救いたいと思っていました。

 

もちろんそういったアプローチも必要だと思います。

 

でもここ数年感じるのは親へのアプローチが何よりも重要ということ。

 

そして虐待は家庭の問題ではなく、
社会の問題であるということ。

 

今回、『子宮を沈める』を観て、更にそう感じました。

 

もちろん虐待をする親は絶対的にいけないです。

 

でもそれだけで終わらせてはいけない。

 

みんながみんな、強いわけではない。

 

もう無理だと逃げたくなることもあるでしょう。

 

誰かにすがりたくなることもあるでしょう。

 

何かをしてしまった人を
無責任に責めたり批判するよりも、
そうなる前にみんなで助け合える世の中のほうがいい。

 

正解のない問題に挑戦できる社会のほうがいい。

 

虐待をなくすには、なぜ虐待に繋がったのか。

 

そこを紐解いていかなければ決してなくなることはないのだと思います。

 

改めて自分には何が出来るのか、深く深く考えさせられました。

 

正直答えなんてわからないけど、
答えが分からないから僕はこれからも考えていきます。

 

それでは、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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