セネガル学校建設をやめようと思った2つの理由

前途多難のアフリカ学校建設への道

こんにちは。

セネガルで学校建設をしている森林です。

 

ここ最近、
というかずっとうまくいかないことが続くなーと思っていました。

今回はセネガルの学校建設をやめようと思った
出来事を書きたいなと思います。

 

えっ!!!

 

学校建設を、
や、

やめる…!?!?

 

あれだけ言っておいて、やめるんかい!と思った、あなた(笑)

 

結論から言うと…

一応僕は続けていくことになりました。

 

でも僕も人間なので心が折れそうになることはあります(笑)

セネガル学校建設をやめようと思った2つの理由

  1.  現地パートナーとの価値観のずれ

支援だろうがビジネスだろうが、
誰かと何かを一緒にやっていくというのは
本当に大変なことだと実感しています。

これが言葉も文化も違う遠い国の人となれば尚更です。

 

僕は現在日本。

 

現地パートナーはセネガルにいます。

遠距離だからこそ、余計に信頼関係を築いていく、
そして継続していくのは大変です。

 

Twitterである方がこんな風に言っていました。

本当にその通りだと思います(笑)

 

相手

でもさー、価値観のずれってどんなの?

なおき
僕自身、学校建設は楽しみだし、近況も気になるし、発信もしたいから写真を送ってって言っていたんだよ
相手
ふむふむ。それで??
なおき
そしたら、怒り気味にいろいろ言ってきてね…

 

大まかな内容はこんな感じ↓↓

 

現地パートナー 

なんであなたは私の事を信用していないんですか?
写真はそんなに重要じゃない!

 

この話の流れをまとめると…

僕⇒写真ちょうだい。

現地パートナー⇒写真、写真って過剰に求めやがって。

僕⇒写真も送れないの?僕は状況を発信したいから言ってるのに。

 

↑こんな会話はしてないですが、ニュアンス的に(笑)

 

あとで話してわかったお互いの気持ちはこんな感じ。

 

 

現地パートナー


写真や動画を要求してくるから、私が仕事していないと疑われていると
感じ、私は傷つきました。


 


学校建設は楽しみだし、単純に今の状況を知りたい。
現状を発信することによって、新たな支援獲得に繋がるかもしれないし、
出来ることはやっておきたい。


 

僕も言葉不足だったと反省しています。

 

日本人特有の、雰囲気でわかるだろう、察してくれるだろう、
言わなくても伝わるだろうという特性が
自然と身に付き、出てしまったのかもしれません。

 

話しがヒートアップする中で

 

学校建設のお金は全部でこのくらいかかるのに、
私はあなたからこれしか預かっていないということを村人に話した

 

という事を言われたことも、僕の中では響きました。

 

はぁ…!?!?

 

これしか!?!?

 

 

確かに僕が最初に現地パートナーに渡した金額は、少額だったかもしれません。

 

でも僕自身、貧乏な家庭で育ち、家の苦労を見てきました。

 

お金の大事さを知っているつもりです。

 

そして現在も裕福な生活をしているわけではなく、
学校建設も自己資金でどうにかしようと思ってるからこそ、
支援してもらったお金に対して、それが例え少しだとしても、
しか】という表現は許せませんでした。

 

仮に僕が少しでも支援してもらったら、
少ししか寄付してくれないのか、なんて絶対に思わないからこそ
相手のその発言を受け入れることが出来なかったんです。

 

まして、同じ志を持ってこのプロジェクトを、
そして一緒に団体をやっていこうとしていたからこそ、
その発言は僕にとってはショックでした。

 

  1. 僕以外の人でも出来る

この学校建設は、僕以外の人でも出来ます。

 

というか、僕以外の人の方が早く出来ると思います。

 

僕はセネガルに行き、たまたま現地パートナーと出会い、
需要のある場所に学校を建てる
教育改善に取り組んでいく】というマインドが同じだったことで
このプロジェクトは始まりました。

たまたま知った目の前の現実に対して、
知った自分が動かないと、という
僕の中で少しの正義感が働いたのかもしれません。

 

しかし、現地パートナーは自らビジネスをしてこれまでも
多くの日本人、外国人と一緒に仕事もしてきました。

 

そうです、僕なんかよりも遥かに優秀なんです。

 

その環境の中で、僕が自己資金でやるよりも
現地パートナーが他の人とパートナーシップを組んで
プロジェクトを実行した方が確実に早く実現できると思いました。

 

妬みでも僻みでもなく、
僕はあの村に学校が出来て、子ども達が教育を受けることが
出来るならそれが一番ベストだと思っています。

個人的には、お金というよりもマインドが同じ人たちと
一緒に学校を作り上げていきたいと思い、僕なりに奮闘してきましたが、
糸がプツッと切れた感じがしました。

僕以外の人とプロジェクトを進めたほうが
早く実現出来るなら、僕が無理してお金も時間もそこに使うよりも
僕は他の場所でお金と時間を使おうと思ったんです。

 

だから、僕の想いを全て話しました。

 

僕↓↓


僕は無責任にプロジェクトを放り投げることはしません。
あなたのことも信頼しています。

だからお金も預けたし、自分のお金を使って
学校を建てようと思いました。

でも僕はお金持ちでもないし、あなたのように賢くもありません。

そのせいでプロジェクトの進行が遅くなってあなたや村の人たちに
迷惑をかけるなら僕は手を引きます。

あなたなら他の協力者を得て、
このプロジェクトの今抱えている問題をクリアに出来ると思います。

僕の願いはただ、子ども達が教育を受けて
幸せに暮らすことなんです。


すると…

 

現地パートナー↓↓


悲しいことはお金の貧困よりも、心の貧困です。
あなたは素敵なマインドを持っているから貧しくありません。
私はただ、信頼関係が重要だと思っています。
あなたが私の事を信用していないと思い傷ついたんです。
私は誤解していました、ごめんなさい。

私はたくさんの日本人と会いましたが、
学校を建てる為に、自分のお金を投資することを考えたのは、なおきだけでした。

これは例外です。

資金が不足してるからと言って、
プロジェクトの進行が遅いからと言って、
私はあなたを責めたりはしません。

あなたは常にベストを尽くしている。

私を明確にしてくれて、ありがとう。


 

こう返ってきました。

 

正直、僕の中で何かがプツンと切れた気がして、
もうこのプロジェクトから本当に離れることも考えました。

 

小さいと思われるかもしれません。
頑固と思われるかもしれません。

 

でも僕は人は常に謙虚であるべきと考えています。

 

僕の中で、どうしても譲れないことも、想いもあります。

 

自分がやると言ったのに、ここで投げ出したら無責任だと思いました。

 

でも大事なのは、そんな自分の小さなプライドよりも
誰が建てたかということよりも
あの村に学校が建って、子ども達が教育を受けることが出来るという結果

 

現地パートナーもその道を選ぶと思ってました。

 

でも彼はそれを選ばなかった。

 

そこには彼の中にも、この学校建設だけでなく、
どんな世界にしていきたいのか、はるか先を、見据えている世界が
あるからなのだろうなと思いました。

 

世界中の人たち、子ども達が幸せに暮らせますように。

なんていうと、実現不可能なことに感じてしまうし
すごく大きなことを言ってるように感じるけど、
家族や友人、自分の周りの人たちを大切にすること、愛を持って接する事、
その小さな繋がりが、うねりを作って平和に繋がっていくんだと思います。

 

生きていたら、いろんなことが起こりますよね。

 

僕もこれまでたくさんのことがありました。

 

頑張っても頑張っても人生は思い通りにならないことばかり。

僕の大好きなケツメイシのライフイズビューティフル
という曲の中にこんな歌詞があります。

君が流した涙が

いつか花を育て咲かせて
君の目の前に広がるはずだから

君が乗り越えた壁は
いつか君を守る盾となって
君をそばでいつまでも支えるだろう

生きている限り、一生勉強ですね。

 

また、今回の件で学ばせて頂きました。

 

この学校建設で終わりなのではなく、
正直まだまだやりたいことがあるので、
挫けそうになることもありますが、
こんなところで止まってる場合じゃないと思います(笑)

 

すべての人から、
そして全ての出来事から学んでいける人間でいたいな。

人それぞれ大なり小なり、
いろいろな悩みや迷い、葛藤、試練はあると思います。

 

この記事を読んで、森林でも頑張ってるんだから、
自分も大丈夫!と少しでも何か感じてもらえたら幸いです(笑)

 

それでは、最後まで読んで頂きありがとうございました!
 

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