どん底人生を過ごしていたあの頃の自分に伝えたい 【今だから言えるメッセージ】

人生どん底の経験が、未来の自分を救うかもしれない

こんにちは。

このブログを読んでくれてありがとうございます。

 

今、たこやきマンのスタンプを
作りたいなーと思っている森林です。

たこやきマンって、なんぞや?と思った方は、こちらをご覧ください。

 

たこやきマンのスタンプを作ったら、
売り上げの全額を僕の団体、HOPE SQUAREに
寄付するので、みなさん是非買ってやってくださいね(笑)

 

団体のHPはこちら

 

HPを最近新しくしたので、よければご覧ください。

 

先日、ある人にこんなことを聞かれました。

 

相手
国際協力をすることになったキッカケって何?

 

僕は、現在セネガルで学校建設のプロジェクトを行っています。

セネガル人と共に
団体も立ち上げました。

これまでにも東南アジアやの数か国をまわり
孤児院や小学校でボランティアをしたりしていました。

僕はただ、やりたいからやっているだけなんですが、
ボランティアなんて興味のない人は全くないですよね。

 

相手
え、お金もらえないのにやってるの?

と、僕の行動が信じられないような人にも
たくさん会ったし、理解出来ないというような言葉も
幾度となく浴びました。

 

そこで、僕のことを知っている人や
このブログを読んでくれている方は
もう既に知っているかもしれませんが

 

今回は改めて僕が生まれてから
国際協力の道に進むキッカケとなった
原体験をお伝えしいたいなと思います。

 

抜毛症の暗黒時代を過ごしていた僕が海外で活動するまでの軌跡

あなたには、忘れられないような出来事はありますか?

 

楽しかったこと、嬉しかったこと、
感動したこと、努力したこと、辛かったこと、
悲しかったこと、苦しかったこと。

 

人にはそれぞれ、いろいろな体験があると思います。

 

僕も生まれてから約30年間。

 

いろいろなことがありました。

その中でも間違いなく、原体験として僕の心に残っているのは小学生時代です。

 

わずか小学生でザビエル並みのハゲに!?

僕は小学生の頃、両親と兄と祖母とおじと一緒に暮らしていました。

そのおじが、当時うつ病とアルコール中毒で毎日のように暴れていたんです。

 

不思議なことに、スイッチが入らない時(通常のとき)はすごく優しいおじでした。

 

でも何かのスイッチが入ると、
人が変わったように大声を出し暴れて物に当たるように。

おじが暴れだすと、
祖母は包丁やハサミを隠していました。

 

暴れているおじがいる中、
兄と二人だけ家に残されて、
祖母が近所の家に逃げたこともありました。

 

その時は、

 

【終わったな…殺されるんじゃないか】

 

と思ったのを覚えています。

 

僕の家自体は、決して裕福ではなかった為、
両親共働きで朝から夜遅くまで働いていたので
両親との関係も希薄でした。

 

当時の僕からしたら、

 

【こんな環境なのに助けてくれない=自分は愛されていない】

 

と感じていましたね。

 

今考えれば、生活の為に一生懸命
働いて必死に育ててくれたと理解しています。

 

でもまだ小学生だった僕には
そんな事は理解できていませんでした。

 

とうとう…僕の心は限界に

  • おじがいつも暴れている
  • 両親がいない
  • 自分の家なのに帰るのが怖い
  • 学校に行っている間に祖母が殺されていたら どうしようという不安

 

これらの要因は、僕の心を壊すのに十分過ぎました。

 

その結果…抜毛症という精神的な病気になって

 

ザビエル並みの頭に…!!!

 

抜毛症とは?

抜毛症(トリコチロマニア)とは、
正常な毛を引き抜いてしまう性癖によって
抜毛斑が出現する精神障害。

 

抜毛症の患者ですが、正式な統計ではないものの、
人口の約1%ほどいると言われています。

※参照元:wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%9C%E6%AF%9B%E7%97%87

 

こんな平凡でどこにでもいるような僕が、

 

人口の約1%に入っているなんて、すごいっ!!

 

って、全然誇れることじゃないんですが…(笑)

 

抜毛症は、円形脱毛症と違って
勝手に抜け落ちているわけではありません。

 

自分で抜いてるんです!

 

一種の自傷行為ですね。

 

僕は、その当時の記憶はありません。

 

いつどんな時に、どうやって抜いていたのか
ハッキリ覚えていないんです。

 

ハッキリ覚えていることは

 

  • 小学校の先生が一番最初に気付いてくれたこと
  • 母親が精神科に連れて行ってくれたこと

 

まず、ハゲている僕に一番最初に気付いてくれたのが学校の先生でした。

その時に僕が、思ったことは

 

【学校の先生に救われた】

 

ということです。

 

僕はこの出来事をキッカケにこんなことを思うようになります。

 

大人になったら、自分と同じような子どもたちを救いたい!

 

僕の抜毛症に一番最初に気付いてくれた先生のように
子どもが出しているサインに気付けるような大人になりたい。

 

そこから僕は教育に興味を持つようになりました。

 

でも僕に強く芽生えた思いは、

 

【虐待やストリートチルドレンなど、より困難な環境にいる子どもたちの為に何かしたい】

 

という思いでした。

 

これが僕の国際協力の原点です。

 

そして、まずは現場を見たいと、
東南アジアをまわり孤児院や小学校でボランティアを経て、
今、西アフリカのセネガルという国で、
学校建設のプロジェクトを行っています。

自分が、やりたい事にチャレンジ出来ている今はとても幸せです。

 

資金の問題、ノウハウの問題、現地の問題、
組織の問題、メンバーの問題など…

問題だらけではありますが…(笑)

 

それを含めて、1つ1つのことが
いい勉強になっているし、やっぱり幸せだなと思います。

 

抜毛症になった小学生時代。
荒れに荒れていた中学生時代。
特にやりたいこともなく過ごした高校時代。

 

その延長でだらだら過ごしたフリーター時代。

 

出口の見えない長くて暗いトンネルを歩いてきました。

今だからこそ笑って話せたり、
あの経験があったからこそ!と全ての出来事に感謝していますが、
当時は笑えなかったと思います。

 

いつ死んでもいいと思いながら生きていましたからね(笑)

 

でも今は、目標を達成するまで死ねないと思っています。

 

もし、おじがうつ病&アル中じゃなかったら。

もし、抜毛症になっていなかったら。

もし、両親が共働きじゃなかったら。

 

僕は、全く違う人生を送っていたと思います。

 

今僕が、感じることが出来ている幸せはすべて過去の体験のおかげです。

 

【どんなに辛い今でも、笑える未来が来るかもしれない】

今では、そんな風に思っています。

 

今回は、僕の生い立ちや、国際協力に関心を持ったキッカケを書かせて頂きました。

 

さいごに

もし今、あの頃の自分に声をかけてあげられるとするならば、

 

【今は辛いかもしれないけど、その経験のおかげで幸せを感じることが出来る】

と、伝えてあげたいです。

 

だって、学校建設のプロジェクトをしている今、最高に幸せなんですから。

今、あなたが悩みや不安を抱えていたり、
壁にぶつかっていたら、
この記事を読んで何か少しでもヒントになったり、
心の拠り所となってくれれば幸いです。

 

それでは、最後まで読んで頂きありがとうございました!
 

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