セネガルのストリートチルドレン、タリべに遭遇

初めてタリべと交流してみました

前の記事にも少し書きましたが、ここセネガルには
「タリべ」と呼ばれるストリートチルドレンがいます。

 

※タリべについては前の記事を参照下さい。

 

今までは、あ~いるな。くらいでしたが(街のいたるところにいます)

 

1人で街を歩いてると、
たまたま1人で歩いてるタリべを見つけたので声をかけてみました。

 

慣れないフランス語で、「ボンジュール」「サヴァ?」と声をかけると、
少年はニコッと微笑んだが、何も言わなかった。

 

ここセネガルでは公用語はフランス語だけど、
現地語はウォロフ語という言葉。

 

少年が言葉の意味を理解していなかったのか、
外国人に慣れていないのか、体調でも悪くて元気がないのか。

 

理由はわからない。

 

だけどお金を要求してくるのが仕事のはずが、
少年は最初からお金を要求してくる事もなかった。

 

ここセネガルではこの光景が当たり前のことなのかもしれない。

 

でもこんな猛暑の中、裸足でひたすらお金を求めて歩く。

 

まだこんな幼い少年にとって、それがどういう意味をもたらすのか。

 

どんな気持ちで何を思って歩いてるんだろう。

 

 

少年たちはここで育って、これが当たり前と感じてしまっているのかな。

 

少年の箱の中には何も入っていなかった。

 

こういう問題は賛否両論あると思うし、何が正解かという事はないと思っています。

 

自分だって毎回同じ行動をするわけじゃないし…

 

ただ、写真を撮ったお礼としてお金をあげました。

 

 

少年は時折、笑顔になったり、寂しそうな表情をしてるように見えた。

 

でも本心は少年にしかわからない。

 

セネガルのダカールは海に面した都市。

 

少年と別れた後、遠く離れた自分の故郷、神奈川の湘南と
どこか似てる、ここダカールの海を眺めながらいろいろなことを考えていました。

 

 

結局、答えなんて出なかったけど…

 

でもやっぱり「子ども達の居場所を作りたい」、
「途上国の子ども達と日本の子ども達を繋げたい」

(途上国の子ども達にいろんな、広い世界を見せてあげたいから)

 

現状を知れば知るほど、根深い問題に気付かされるし、
難しいなと感じる事ばかりだけど、この想いはブレることなく、
むしろ心の底から思い、強くなりました。

 

教育って本当に大事だなって思うんです。
自分自身が日本に生まれながらも低学歴だから。
(自分で望んで努力もしてこなかったのがいけないんだけどw)

 

ちなみに低学歴だからといって別に不幸せではありません。
あ、負け惜しみとかじゃないですよ(笑)

 

本当に幸せだなって感じています。

 

きっとそう思えてるのも、自分が過去に経験してきた事や、
「当たり前」が「当たり前」じゃないと気付けたから。

 

そう気づくキッカケとなった1つが、途上国訪問でした。
幸せの感じ方って人それぞれ違うと思います。

 

でも結局どんな人生を過ごそうが、どこにいようが、
何をしようが、誰と過ごそうが、自分自身が幸せと感じれるかどうか。

 

これが全てなんじゃないかなって気がします。

 

途上国の子ども達と自分が違うところは
「選択できる自由がない」という所だと思います。

 

途上国には自分の意志とは関係なく、勉強したくても学校に通えない。

 

貧困が原因で、小さい頃から労働させられてる子ども達がたくさんいます。

 

勉強すればするほど、知識が増えれば増えるほど可能性は広がると思います。

 

そういう環境を整えて作ってあげたいという気持ちはもちろんあります。

 

でも自分が伝えたいのは、それよりも
「愛情を持って接すること」
「世界ってこんなに広くて面白いんだよと
」いうこと。

 

子ども達の可能性は無限大だと思っています。

 

勉強も確かに大事だけど、次世代を担っていく
子ども達に、お互いの文化や考えを尊重して、リスペクトし合える
人間性を養っていって欲しいなと思います。

 

自分が関わっていく子ども達には、そういう事を伝えていきたいな~
とか海で黄昏ながら考えてました(笑)

 

 

でもなんだかんだいろいろ書いたけど、
国際協力とか、貧困問題改善とか、そんな堅苦しい話じゃなくて、
「子どもが好き」「海外が好き」

 

ただそれだけ。

 

この2つに尽きるような気がします。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)